株六ぶろぐ

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インド旅行記

インド旅行のため、観光ビザを郵送で申請して無事取得♪
ビザ取得代行サービスもありますが、その手数料が法外wなので、ケチな私は自分でやりました。

ただ、なかなか手続きが開始されなくてちょっと不安になったので、同じ思いをする人がいるのではないかと思い、ブログに記しておきます。


インドビザ申請センターのページでデータを入力したのが10月14日。
英語が不安な方は、
http://hyu-bridge.seesaa.net/article/280999048.html
http://www.good-biztrip.com/2012/07/post_763.html
にある記入例を参考に入力すればよろしいでしょう。
どう書くか迷うところと思われるのは、
・インドでの住所は、初日に泊るホテル
・宗教は、Buddhism
あたりでしょうか?

申請書は、
「両面印刷でないといけない」
と書かれている指南サイトもあるようですが、本家のページにそんな但し書きは無いようだし、
「そもそもインド人がそんなに細かいわけねーべ!」(笑)
と、家の貧弱プリンターで、片面印刷×2枚を強行。
写真は5cm×5cm、写真裏には何も書かずに貼っつけ。
2箇所に、パスポートと同じ自筆サイン。

郵送で提出予定だったので、資料提出の日付は10月19日にしました。

で、現金書留を発送したのが10月15日。
2人分を一緒に同梱。でも、返信用封筒はそれぞれで用意しました。
日本郵便の追跡サービスによれば、翌16日は配達完了。

「果たして、無事に受け付けられたのか? もしかして、何か不備があって却下されるのではあるまいか?」

と気になって10月22日から毎日、進捗状況確認サイトでチェック。
http://indianvisaonline.gov.in/visa/VisaEnquiry.jsp
が、待てどくらせど、ステータスは、

Details entered by you could not be found
(おまえが入力した詳細は見つからねーぜ)

から全然変わらず。
ネットで調べていたら、「書類に不備があった場合は、メールや電話で通知がある」という情報を見つけ、
「もしや、迷惑メールフォルダ(私のメアドはヤフー)にあるのではないか!?」
と思い調べてみたけど、そんなメールは無い。電話も無い。
早い人なんて申請から5日後には受け取ったりしている模様。

なのに、2週間経った10月29日になっても私のステータスは
Details entered by you could not be found
のまま。15日間で手に入るんじゃなかったのか〜??
なぜだ。なぜなんだ。やっぱり両面印刷じゃないとダメなのか??
だったら、「両面印刷で送れやボケ」くらい言って来てくれてもいいじゃないか。
翌30日もやっぱり、
Details entered by you could not be found
もー完全に放置プレイ。旅行の予定は11月中旬で、もう旅行代金は払ってある。なのにビザが手に入らず旅行中止なんてアホ過ぎる!! ビザ申請代行手数料数千円をケチった結果がこのザマか!!
くそ、明日もステータス変わらなかった電話で問い合わせてやる!!

で、翌31日。
「どーせまたのっとびーふぁうんどなんだろインド人。そうか、俺はインドには行けないタイプの人間だったっちゅーわけか」
などとブツブツ言いながらチェックしてみたら、

Your Visa Appliction is Under Process
(おまえのビザ申請は処理中だ)


キ、キタ━━━━(゜∀゜)━━━━ッ!!


で、翌11月1日には、

Visa Processed. If not collected earlier, Please contact the respective office on next working day where you have submitted your Application
(ビサの手続き完了。まだ受け取っていないなら、当該省庁へ(来て受け取りなさい))
和訳参考:http://okwave.jp/qa/q7575121.html

に無事なりました。

(ノ_・、)ありがとうみんなありがとうみんな。


で、郵送されて来たのは11月3日。

ところで。
なぜ私の申請は時間がかかった(ように思える)のか?

飽くまで推測でしかありませんが、

「なんだ、こいつは旅行の日まで、まだ1ヶ月もあるじゃねーか。
じゃ、別にあわてて処理しなくてもいいな。月末まですっこんでろ!」

ってことなのでは。
ビザは、申請順ではなく、緊急度順に処理されているのでしょう。

きっとインドで(たくさん)お金を落としてくれるだろう日本人は大切な旅客。
ビザが無くて旅行中止なんてかわいそ過ぎる〜、と出国まで日の無い人が優先されるのは自然なように思います。


にしても、代行サービスの手数料を払うのと、不安な日々を過ごすのと、どちらが良いかは、不安に対する耐性により人それぞれなのでしょう(笑)。

visa


↓はインド行った時の旅行記です。

インド旅行記・1日目、2日目(全5日)
http://blog.livedoor.jp/kaburoku/archives/52022972.html

インド旅行記・3日目(全5日)
http://blog.livedoor.jp/kaburoku/archives/52023215.html

インド旅行記・4日目(全5日)
http://blog.livedoor.jp/kaburoku/archives/52023761.html

インド旅行記・5日目(全5日)
http://blog.livedoor.jp/kaburoku/archives/52024739.html

ちゅーわけで、海外旅行大好きなMとインド行って来ましたよ、インド!

日程は11月17日の17時20分成田発、18日0時20分デリー着、バナラス、アグラ、デリーと回って22日の1時25分デリー発、12時50分成田着というプラン。

17日は少し早めに出ようと、家発は11時。日暮里でランチして京成に乗り換え、空港着は15時前。成田空港来るなんて、自分、小学校の修学旅行以来っすよw。とっととチェックインして邪魔な荷物を預け、出国手続きして特に問題なし。スーパードライのエクストラコールド飲みつつ待って、バスで飛行機へ。バスから降りる時はてっきり前からだと思って前の方に位置どってたのに、降りるのは中央の扉からでやんのw。外は小雨。30分ほど遅れるも無事に離陸。さらば〜、ジャパーーン。

機内では、特に面白いことは無し。ANAだったので普通に日本語が通じて楽チンでした。ビール頼んだら黒ラベル。その後、200mlの赤ワインを3本くらいやっつけ、上空なせいか簡単に酔いが回ってええ感じに酩酊。

出発は遅れましたが、デリーへはほぼ時間通りに到着。デリー時間で0時15分頃。入国手続きの所にはたぶん200人くらい居たのかなー? どこも行列。並んで待っていたら、審査官のおっちゃんが「隣りが空いてるからそっちへ並べ」みたいなことを言うので、言われた通りに隣りの列ではみ出し気味に並んでいたら、オバハン審査官がやって来て、

「こらこらこらこら、バカか、おめーらは。何ハミってんだよ。ロクに並べもしねえのかこのアンポンタン。向こうからちゃんと回って来て並べやボケ! おらおら、回って来いって言ってんだよ。分かるか? あーん?」

みたいなことをえらい剣幕で言い出し、グルっと回って並ぶことに。

「面倒くせえなあ。氏ね、クソ公務員があああ!!」

とか日本語で言いながら並び直す小生w。

入国手続きを済ませ、2万円ほど両替。両替所は、すぐにある所よりも奥にある両替カウンターの方が若干レートが良かったです。すぐにある所は1円が0.60ルピー、奥は0.61。

出口から出たら、お出迎えのインド人らがいっぱい。旅行者お出迎えの人は手に「MR.××」のような紙を持ってるけど、手ぶらな人はきっとタクシーやリキシャのオヤジ達なのでしょう。無事、自分達のガイドを見つけて合流。ガイドさんは、サンディという名の好青年。ガイド始めて6ヶ月だそうな。学校で日本語を学んでいるとかで、変な言い回しをしなければ普通に通じる感じ。

ホテルまで送ってもらって、ホテル着は1時過ぎ。翌日は8時15分に迎えに来るとのこと。10時間くらい飛行機乗ってたし、日本時間で言えば既に5時過ぎだし、明日に備えてとっとと寝るべーと風呂入ってこの日は即寝。


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18日。2日目。

7時前に起きて、ホテルの食堂でバイキング。普通にソーセージやハムなどもあり、卵料理専門(?)のコックなども居ました。カレーはたいして辛くなく、旅行者向けにカスタマイズされているのでせう。8時15分にサンディ氏に連れられ、空港へ。国内線に乗ってバラナシへ移動。ちなみに、バラナシは色々言い方があるようで、ベナレス、バナラス、バナーラス、ワラーナシーなどなど。


空港でサンディ氏とはお別れし、チェックイン手続きのためだけのガイドさんへ交代。空港に入るための許可証が必要で、サンディ氏は持ってないからだそうな。チップを少々。

国内線はデリー10時40分発、バラナシ11時55分着予定でしたが、実際は12時10分頃バラナシ着。バラナシ空港は、日本の地方空港っぽいイメージ。手荷物ゲット場所には、日本人がちらほら。女子学生っぽい3人組の他は、お金持ちそうなオジサマ・オバサマ多し。空港出たら、数百人のインド人達がグワーーっと壁になって居て、これはさすがにヒきました(笑)。私たちはホテルまでの送迎ガイドを付けていたので問題なかったけど、丸腰で来たらこの中からリキシャオヤジらと交渉するんでしょ? こりゃ大変だ。

バラナシのホテルまでの送迎ガイドはクマールさん。日本語はNGなので基本英語。クマール氏によれば、ガンガー(ガンジス河)の日の出は6時15分なので、5時30分にはホテルを出た方がいいだろう、とのこと。あと、夜の18時15分から始まるプージャもぜひ見てほしいところ、だそうな。

車窓から見えた景色で印象的だったのは、

■燃料用の牛ウンコを干しているところ
PB180163


人が手でこねてw作るんだそうな。

■オートリキシャ
PB180165


■サイクルリキシャ
PB180175


ホテルに着いたのが13時20分頃。本来、15時からチェックインだったはずの所を早めに入ろうとしてちょっと待たされたりし。ホテル着以降のバラナシは、翌日の夕方まで完全自由行動なので、ホテルに荷物だけ捨てて、Mと早速外へ繰り出し。

ホテル出てから、ヨボヨボのサイクルリキシャのオヤジが「2ルピー2ルピー」言いながらずーっと付いて来やがって、

「うるせえなあ。まずは昼飯なんだよ〜」

と日本語で言い続けるあたし。下手に「アイムハングリー」なんて言ったら2ルピーオヤジが、

「おし、俺に任せろ。いいレストラン知ってるんだ!!」

とか言い出すに決まっている!

最初の飯から勝負しても仕方なかろう、とホテルから徒歩2分くらいのところにある、比較的安全そうに見えるバーガーキングへ。はい、あのバーガーキングです。が、中に入ってみると、立ち飲み屋みたいな混雑ぶりで、日本のバーガーキングとは大違い。とりあえず、チーズバーガー(50ルピー≒75円)を頼んでみました。バーガーとは言うものの、バンズはホットドッグ系な長めのパン。一口かじってみたら、揚げパン風。美味くも無いが不味くもない。でも、生野菜なレタスはちょっと怖いな(爆)。

バラナシ初日はサールナートへ行こうと思っていたので、早速道でオートリキシャのオヤジを掴まえて、

「あいわんつーごーつーさーるなーと!」

と言ってみたら、「OK、OK、乗れ!」みたいなジェスチャー。が! ここでうっかり乗り込んではいけません。必ず価格交渉しないと!

「ハウマッチ?」

「700ルピー」

事前に調べた相場では、80ルピー前後だったはず。700ときやがりましたよ、このクソジジイ。「のーうぇい、そーいくすぺんしぶ!!」と吐き捨てて、次のオヤジへ。

次のオヤジは、若い頃どんだけ綺麗にストレートもらったんだよ、というくらいの総前歯無しのジジイ。

金額はちゃんと覚えてませんが、確か100ルピーで良い言うんで、このオヤジのオートリキシャでサールナートへ。

インド道、噂どおり牛が普通に寝てたり、ぶらぶらしてたりする横を、車やリキシャがビュンビュン走ってます。基本、信号なし。「牛が道路を横断してるから渋滞」などもちょくちょく発生。

ソウルに行った時に「交通マナーが酷いなあ」と思ったけど、インドは間違いなくソウルの上を行きますね(爆)。もう何でしょ、クラクション鳴らしまくり。日本だと、例えば青信号なのに前の車が動かない時か、道ゆずってもらった時の「サンキュー」な時にしかクラクションなんて鳴らさないけど、インドのドライバーは基本的に前の車の横通る時には必ず鳴らします。「どけどけ」というよりは、「横通るからな〜、車線変えるなよ〜!」という注意喚起みたいな感じ。なので、クラクションを鳴らされる方もキレてナイフ持って降りてくる(爆)ようなことはなく。そもそも、リキシャはもちろんほとんどの車がサイドミラーを畳んで走ってるし(笑)。

サールナートは、ブッダが初めて説法をした所で、仏教徒にとっては重要な聖地。ダメーク・ストゥーパという仏塔が見所。

■ダメーク・ストゥーパ
PB180201


建造物以外に印象的なのは物乞い。「ハロウ、ハロウ」言いながらずーーーっと付いて来る婆さん多数。後、「何か食べる物くれ」なジェスチャーをしながら、これまたずーーーっと付いて来る幼児とか。物乞いは基本的に無視するつもりでいたんですが、4歳くらいの少女があんまり不憫なので、キャンディを1つあげました。ちょっと経って振り向いてみたら、兄と思われる少年に腕を思っきり捻られてキャンディを強奪されそうになっていた少女。激しく抵抗してたけど、きっと没収されたんだろうなぁ。少女、顔が完全に「に、兄ちゃん、ギブギブ!!」だったもの。

他には、絵葉書売りの前髪パッツンな少年も印象的でした。

「外だと500ルピーで売ってるんだけど、今日は300ルピーでOKだ。しかも金利手数料は俺が負担しちゃうぜ!」

みたいなことを言いながら、こいつもずーっと付いてくる(笑)。時々日本語で「高い安い?」って言うんだけど、そのちょっと困ったような表情と言い方がどことなくコミカル。いや、少年は売り込みに必死なので笑っちゃ失礼なんだけど、でも「高い安い?」はちょっとツボでした。

結局、Mが「500ルピー札しかないから、300ルピーお釣りくれるなら200で買ってもいい」と話したら、少年、突然テンション上がって絵葉書集をMに渡し、

「ゲートの外でまた会おう、必ず300ルピー持って行くから! 高い安い?」

と駆け出す少年。おいおい、物だけ置いてどっか行っちゃったよ。これで俺達が逃げたら丸儲けやんけ、などとMと話しながらゲートを出たら、まったく逆の方向からパッツン少年が走って来て、元締めみたいなにーちゃんに、

「お釣り用の300くれ!! あのアホ達が200で買ってくれるんだ! そうだ、見えるだろう? 2人組のあのアホ達だ!」(←推測)

とせっついて釣銭用札を受け取り、無事売買成立。

16時過ぎにオートリキシャを掴まえて、サールナートからガンガーへ。170ルピーくらいで交渉したような? この時の兄ちゃんは運転が荒いの何のって。道が混んでたせいもあるのかもしれないけど、「どう考えても無理だろ!」みたいな隙間でも、隙間さえあればクラクション鳴らしながらリキシャねじ込んで行くし。いやほんと、オートリキシャは富士Qに置くべき乗り物ですよ(笑)。

■オートリキシャからの風景


「渋滞がひどいからここでもう降りろ。ガンガーまではすぐそこだ。歩いた方が絶対早い!!」

みたいなことを言われ、降りてみたけど、ガンガーまで実は徒歩20分くらいな手前でした。やりやがったよ、あのオヤジ(笑)

ガンガーまでの道の両脇には色々な店があって、眺めているだけでも結構楽しい。でも、靴屋が始まるとしばらく靴屋だけ、衣類屋が始まるとしばらく衣類屋だけ、とある程度ジャンルで固まっているっぽい。

ホテルで履くビーチサンダルでも買うかと、埃だらけなビーサンを一揃い150ルピーで、二人分購入。ブランドは、Adidos。はい、アディダスではなく、アディドスでつ(笑)。

とりあえず、プージャが行われるガート(沐浴場)を確認しておこうとダシャーシュワメード・ガートへ。ガートの名前は、ヒンドゥー文字だけで、英語で書いてない所が多くて実に分かりにくい。でも、ダシャーシュワメード・ガートは確か英語表記もあったし、プージャ用の舞台(?)が設置してるので比較的分かりやすいはず。

プージャが始まるまでまだ1時間ちょいあったので、先に晩飯食うべ、とMと通りをブラブラ。そうしたら、日本語を話すインド人がやってきて自信満々で、

「おすすめのレストランあります。ドルフィン・レストラン。屋上にあって、眺めすっぱらしい!!」

とかなんとか。

やけに日本語が上手 = 怪しい


を事前学習で刷り込まれているので、大丈夫かなーこのオヤジ、と思いつつも付いていくことに。案の定、脇道に入ったと思ったら、暗い方、人がいない方へとズンズン歩いていく。Mが心配そうに「ちょっとー、このオヤジ、ホントに大丈夫う?」を連呼。もし、何かあったら、ポンプ操法で出すくらいの大声の準備をして、おそるおそる付いていく私。でも、徒歩2分くらいで噂のドルフィン・レストランに着きました。

私「た、高そうな店だなー。いくらか知ってる?」

印「私、ここで食べたことないよ!」

食ったことのないお前が自信満々で「眺めすっぱらしいよ」とか言うな!(爆)

まー、とりあえず行くか、と階段を7階くらいまで昇ったらレストランがありました。欧米人な客が4組ほど。ちょっと安心。メニューを見せてもらったら、料金もきちんと書いてあるし、単品200ルピー前後なので、旅行者料金ではあるものの、極端にぼったくられたりはしなさそう。というわけでここでメシにすることに決定。カレー3種、チャイ、ビール2本で料金は1200ルピー。

■ドルフィン・レストラン
PB180231


■出て来た料理ら(おーいお茶缶は持ち込み品ですw)
PB180232


食ってる最中にプージャが始まったようでどこからともなく、宗教風な音楽&鐘の音が聞こえ。18時10分過ぎにレストランを出て、ダシャーシュワメード・ガートへ。さっきは全然人がいなかったのに、結構な人だかり。

プージャ中に、紅い点を眉間に塗りに来るオヤジが時々出没して、最初は断っていたんだけど、あるオヤジがめちゃくちゃ機敏で避ける間もなく塗られてしまい、

「えへへ、塗っちゃったもんね! ほらほら、出すもん出さんかい!

とあからさまに寄付を要求するオヤジ。

「ったくクソジジイ、しょうがねえなあ」

とかブツブツ言いながら10ルピーコインを渡したら、

「な、なんだあ? これっぽっち? 嘘でしょ? どんだけケチなの自分。おい、横のおっさん、あんたも見てたろ? こいつ、10っきゃ出さねーのよ、10っきゃ。笑うしかねーよ俺は、だって10だよ、10。たったの10じゃ、ケツだってろくに拭けないぜ!!」

と横のオッサンとゲラゲラ嘲笑してやんの。く、クソジジイ。でも、俺は貴様らのそんな挑発には絶対に負けんぞ!! と追加寄付を断固拒否。いやー、どうせ笑われるなら2ルピーコインで充分だったな(笑)。

■プージャ


プージャが終り、さて帰りのリキシャでも掴まえに行くべ、とMと二人で歩いていたら、ドルフィンレストランへ連れて行ってくれたオヤジとまたまた遭遇。

「あーどうも! 良かったでしょ、ドルフィンレストラン?」

とか言ってくるので、「うん、良かったよ、ドルフィン」とかテキトーにいなしてたら、

「私、信頼できることが分かったでしょ? で、明日どうする? ボート乗るでしょ? 大丈夫、私に任せて」

とか言い始めるドルフィンオヤジ。


私「で、ハウマッチ?」

ド「今日の帰りと明日の朝のリキシャ、そしてボート1時間で1300ルピーです」

私が反応するよりも早く、Mが、

「1300!? ナイナイナイナイ!! 高すぎるだろ!! ナイナイナイナイナイ、絶対にナイ!!

ちゃんと相場調べてないけど、往復リキシャで160ルピー、ボートで一人150ルピーくらいなのでは。それを1300ときやがりましたよ。ドルフィンを無視して二人で歩き始めたら、

「オーケーオーケー、ちょっと聞いてください。お願い。説明に足りないところあります。大丈夫、私信頼できる人でしょ?」

と食い下がるドルフィン。いつの間にか、ドルフィンの一味と思われる兄ちゃんも加わっており、

ド「さっきのは二人だけの舟をチャーターする場合です。相乗りならもっと安くなる」

一味「そうそう。相乗り安い。相乗りでいいの?」

M「ハウマッチ?」

ド「相乗りなら700です」

M「ざーーーーーーーーーーーーーーーーーけんなよ!!」


Mの怒鳴り声と険しい表情にひるむドルフィン一味と(笑)。

ド「分かりました、じゃ、いくらだったらあなた払う?」

M「300!」

今度はドルフィン達が「ざーーーけんなよ!」みたいになって、こいつらはねーな、とヒき始め。ま、ヒくならヒくで私達は一向に構いませんがね、とMと二人で歩き始め。でも、3分くらいしたらドルフィンが戻って来て、

ド「分かりました、相乗りで300でいいです」

M「今日のリキシャと明日のリキシャ、ボート1アウアで300?」

ド「そうです。300でいいです。でもボートは相乗りよ」

一味「相乗りにする? 相乗り安いよ」



てか、一味の男、言うの「相乗り」ばっかやんけ(笑)

というわけで、300で交渉成立。じゃ、帰るべ〜とリキシャを見たら、なんとオートリキシャじゃなくてサイクルリキシャ。うええええー、サイクルう? ホテルまで6kmくらいあるんだから、間違いなく30分仕事やで。でも、ドルフィンは、「オートだとここまで入って来れないから、サイクルで行くしかないんだ」とかなんとか。ホンマかいな、と思いつつも、ま、一度くらいサイクルリキシャに乗ってみてもいいか、と乗車。

■サイクルリキシャ上からの風景



このサイクルリキシャのオヤジは英語が出来て、チャリンコこぎながら私達に終始愚痴り通し(爆)

「俺は44歳でよ〜、子供が4人いて、1日も休みなく働いているんだ。そうさ、サイクルリキシャ乗りは、プーア・プーア・プーア・プーア。俺だけじゃない、みんなプーアなんだ。朝から晩までこいで、それでもずっとプーアだ。昨日もプーア、今日もプーア、明日もプーアだ。俺もおまえらみたいなホテルに泊ってみたい。でも、そんなチャンスがいったいどこにある? ノーチャンスだ。44年間、俺はずーっとノーチャンスなんだ。見えるだろ、俺のやせ細った脚が。おいミスター、聞いてるのか? 俺の子供は何人だ?

みたいなことを延々と語り通し。自分の不遇を立ち飲み屋でクドクドと嘆きながら飲んでる、仕事のできないサラリーマンオヤジと一緒やんけ(爆)。

35分くらいかかってホテルに到着。オッサン、汗だく。

愚痴「100ルピーだ」

M「いや、違う違う。明日の朝も迎えに来てくれ。で、明日ガンガーで降りた時に200払う」

愚痴「オイ分かっているのか? 俺には子供が4人いるんだ。めちゃくちゃ貧乏なわけ。だから、100ルピー、今すぐ払ってくれ!」

M「だーかーらー。今払ったら、おめー、明日ぜってー来ねーだろ。つまろーもーにんぐ、あいるぺいゆーつーはんどれっど。OK?」

私「あんたのボスが明日の朝にあんたへ200払えば良いと言ったんだ。文句があるならボスに言え!」

愚「明日、ほんとに200払ってくれるんだろうな? 俺は4人の子供が居るんだ。ノーホリデイ、エブリデイワーキング、そしてフォーチルドレン!!

愚痴りオッサン、半分泣きが入ってたけど、ここで払うと明朝絶対来ないしな、ここで払うわけにはいきますまい、と1ルピーも払わずにMとホテルへ。

それにしても、今回、ホテルだけはええ所をおさえたんですが、ええ所過ぎて、逆に私達が浮き気味。欧米人の客はみんなタクシーで帰ってくるのに、リキシャで帰ってくる客なんて私達くらい(笑)。門番のおっちゃんらに、

「あーあ、こいつらサイクルリキシャで帰ってきちゃったよ。嘘でしょー? どんだけリトルマネーなの」

などと思われていたりして(爆)。


3日目へ続く。

インド旅行記・3日目(全5日)
http://blog.livedoor.jp/kaburoku/archives/52023215.html

インド旅行記・4日目(全5日)
http://blog.livedoor.jp/kaburoku/archives/52023761.html

インド旅行記・5日目(全5日)
http://blog.livedoor.jp/kaburoku/archives/52024739.html

19日。3日目。

朝は4時50分起床。夜明けのガンガー見に行かな〜!!
昨日の送迎ガイドのクマール氏によれば6時15分日の出。

「昨日のリキシャオヤジ、ちゃんと来てんのかなー?」

とMとホテルを出て、まだ暗闇の中を歩いて門外に出てみたら、

いねえ。。毛の1本ほどもいねえ。

あのオヤジ、来てねえじゃねえかっ!!

ホテル前に待機していたオートリキシャのオヤジが近づいて来て、

「大変残念ですが、彼はたぶん来ないと思いますよ」

みたいなことを言う。

「Why?」

「きっとまだ眠っている」


なんてプロ意識の低いサイクルオヤジなんだ! そんなちゅーっくれえな仕事してるから、ノーチャンス、一生プーアなんだ!!

まーでも、5時半まで待ってみよう。これで来ないと昨日の分がタダ働きになって100ルピーを取り逃がし、あのオヤジにとってはかなり痛いはず。きっと来るはずだ!!

が、5時半になっても全然現れず。車輪の1つも現れず。おいおい、まさか昨晩うっかり5人目製造に取り掛かってしまったから寝坊したんじゃねえだろうなぁ? 日の出が迫ってるし、待っててもしょうがないんで、オートリキシャで行くことに。100ルピーくらいだったか。さっき話しかけて来たオヤジの息子が運転するリキシャだったんだけど、

「あんたらシルクの店に興味ないか?」

みたいなことをオヤジが言い出し、

「俺に任せてくれ。いいシルクの店を知っているんだ」

とリキシャへ強引に乗り込んで来るオヤジ。が、Mが、

「シルクなんか興味ねえから! ガンガーのそばで降ろしてくれるだけでいいんだ! 店になんか行かねーぞ!!」

えらい勢いでオヤジを怒鳴りつけたら、「こいつらでは商売にならんな」と思ったのか、シュンとなってリキシャから素直に降りるオヤジ。

ガンガー着は6時前。オートリキシャから降りて歩いていたら、どこかで見たオヤジが近寄って来る。

「あ! おめー、昨日のサイクルリキシャのオヤジやんけ!!」

そうなんです、このボケ、お迎えをすっぽかして私達が来るのをここで待ち伏せし、昨日の100ルピーだけ受け取ろうって魂胆。ラウンドトリップして初めて200ルピーだ! とゴネようかと思ったけど、日の出の時間も迫ってるし、Mとしては珍しく(?)「とっとと100ルピー払ってこいつとは終りにしよう」と支払に前向きなので、素直に100ルピー払いました。あまりのプーア・アピールに心を打たれたのか、Mが日本から持ってきたいらないタオルwなどもついでにあげたら、ダンニャワー(ありがとう)を連呼していたのできっとサイクルリキシャオヤジ、喜んでいたのでせう。

しばらく歩いていたら、まとわり付いてきた日本語上手なボート呼び込み22歳の少年ぽい青年と交渉。最初、一人350ルピーの計700ルピーでどうだ? みたいな話だったけど、Mがしぶとく交渉して二人で300ルピーで決着。地球の歩き方にも一人150ルピー書いてあるし、ま、こんなもんでしょ。

で、ボートに乗って待っていたら、どうやらもっとお金を出す客が来たようで、

「おまえらは隣りの舟に移って、まだまだ待ってろ!」

と言われ(笑)。そうなんです、どうやらたくさんお金を出した客順に出航するシステムっぽい。そんなわけで、あんまり買い叩くと大幅に出遅れる危険性がありそう。

移った先の船は6人くらい乗れそうな舟で、どうやら乗合いになる模様。そうだよなぁ、最初に乗った舟の船頭少年、完全チャーターなんだから400ルピーじゃないと俺は舟を出さん!! みたいなこと言ってたし。でも、乗合いなら200ルピーでもいいんじゃ? と色々考えていたら、アルゼンチンから来たというオバサマ2人組とスペイン語ガイドがやって来て、彼らと一緒に出航。何を隠そう、Mはスペイン語が出来るので、アルゼンチンなオバサマと会話を楽しんだり、スペイン語ガイドの説明を日本語に訳してくれたりして、非常にありがたかった。やっぱり語学学習は大事ぞね〜。

ボートから沐浴する人々を眺めながら、よーく見ると、クロールしてるオヤジや平泳ぎしてるオヤジもいる(笑)。身体洗ってたり、洗濯している人もいる。

■祈るおっさん
PB190257


■泳ぐおっさん
PB190264


■洗うおっさん
PB190268


しばらくしたらみやげ物売りな舟が近づいて来ました。で、この舟のオヤジがめちゃくちゃ日本語が上手い。ほぼネイティブ並。そうかと思ったら、アルゼンチンなオバサマ達にはスペイン語で売り込んだりしてて、Mに言わせるとそのスペイン語もめちゃくちゃ上手いそうな。い、いったい何者なんだー、みやげ物屋オヤジ。。

せっかくなんで、水入れる小さい真鍮ツボを100ルピーで買って、ガンガーの水をボート越しに汲んでみました(が、水漏れしやがって後にすべて流出してもうた(爆))。

ふと気づいたら、ガンガーから朝日が昇っていて美しい。

■朝日とボート
PB190290


ボートを降りて、朝食を食べにいったんホテルへ戻ったのが8時頃。朝飯食って、しばらくゴロゴロし、チェックアウトしたのは10時半。ホテル前でオートリキシャを拾い、またまたガンガーへ。

ヴィシュワナート寺院(黄金寺院)へ行こうと思ってたんだけど、気が付いたらマニカルニカー・ガートに着いてました。ここはいわゆる火葬場。薪で遺体が焼かれるのを見学できます。写真撮影厳禁なので写真はありまっしぇん。見晴らしが良さそう&日陰な場所を見つけて見学してたら、仙人風なオヤジがやってきて、

「薪代を寄付してくれ」

みたいなことを英語で言い始め。でも、なぜか「薪代(マキダイ)」だけは日本語

「あい、きゃんと、あんだあすたんど、いんぐりっしゅ!」

わざとはっきりとしたカタカナ英語で言ってみたら、

「マキダイ。マネー」

とどうにも食い下がる仙人。こっちもアホの振りして「はあ? ボク、全然ワカラナイ」みたいにすっとぼけてたら、仙人、急にキレ出して、

「薪代も出さないくせに、こんな好ポイントで見学してんじゃねーよ! ウォーク!! ボケども、立ち去れい! ウォーーーーク!!

とか言い出すんで、ちょっとポジション移動。

あまり近くで見なかったので、火葬の生々しいシーンは見られませんでしたが、まぁ、そもそもルンルンで見るようなものでもないと思うし。。

その後、ヴィシュワナート寺院へ行こうと思ったんですが、誰に聞いても、

「ゲート2から入れ!」

と言うんですが、そのゲート2がなかなか見つからず。。で、30分くらいさまよってようやくゲート2を見つけたんですが、どうやら荷物をどこかに預け、裸足で無いと入れなさそうな雰囲気。そういえば、途中に荷物預け用のコインロッカー屋みたいな奴がいたっけ。コインロッカー屋まで引き返すのが面倒くさくなってしまい、どうせ写真も撮れないんだし、もうええわとヴィシュワナート寺院見学は断念。時間は13時頃。

さすがに腹が減ったなー、と前から目をつけていたベンガリトラ(Bengali Tola)通りにあるレストランに行こうとオートリキシャを掴まえ。が、掴まえたオヤジに何度説明しても、

「ゴードウリヤー通りなら連れていくから。任せろ!」

の一点張り。

「そこじゃねえ! ジジイ、ここだ、ここ!!

と地図でベンガリトラ通りを指さしても、いつの間にかゴードウリヤー通りを指すオヤジ。しぶとく交渉してたら、ようやく「80ルピーで行こう」と言うので乗りました。が、いざ着いてみたら、どう見てもベンガリトラ通りじゃなさそう。

M「だーかーらー、オヤジ、ベンガリトラ言ってんだろ!」

オ「ここから先は知らん。もう降りろ」

M「じゃー降りてやるけど、交渉通りの目的地じゃないから、お金も払わないから!」

オ「ノノノノノノッ! おい、待てコラ。支払いわ!?」

で、Mとオヤジの壮絶な激しい口論開始(笑)。間もなく、Mに早口で舌鋒鋭く怒鳴りつけられて、オヤジ、かなりタジタジ。この騒ぎを聞きつけて3人くらいインド人が集まって来ましたが、

「おまえ、行くって言ったのにその目的地で降ろしてないなら、そりゃーお金もらえなくても仕方ねーべ」

とギャラリーは私達の味方っぽい。結局、お金は払わずに済みました。いやー、M、すごいわw。

その後、現在地を見失って40分ほど徒歩でさまよい、ようやくベンガリトラ通りを発見。いざ見つけてみたら、バイク2台がギリギリすれ違えそうな狭い道で、とてもオートリキシャが入れるような道幅でないことが判明(笑)。オヤジ、だったら「狭い道だからオートじゃ入って行けない」と乗る前に言えば、Mにあんなに怒鳴りつけられずに済んだのにー(爆)。

ランチは、「NEST FAMILY ROOF-TOP RESTAURANT」という看板に魅かれ、

「屋上ビアガーデン風なレストランか?」

と勝手に想像して、指示通りに歩いていったら、

……ただの民家の屋上やんけ(爆)。


客が来たことを知った店主が、階下からあわてて上がって来て、急いでテーブルとイスをセッティングし始めるしw。

■NEST FAMILY ROOF-TOP RESTAURANT セッティング済み
PB190311


まさか、俺達が今年4人目の客とかじゃねーだろうな?(笑)

料理的にかなり危険な気がしたので、帰ろうかと思ったけど、一応メニューだけは見てみるべ、とメニューを要求。一応、ちゃんとしたメニューで、品目は100近くありました(ただし、本当にすべて作れるかは不明)。生ものはやっぱり食当たりが怖いので、Mはジンジャーレモンチャイとスペインオムレツ、私はガーリックスープとプレーンナンを注文。

店主が作りに行ったと思ったら、今度はそのお母さん?のようなお婆さんがやってきて、私達の後ろ辺りに座っており。

「俺達が逃げないように見張ってんのかな?」

と思ったら、実は周辺に猿がたくさん居て、猿をパチンコwでおっぱらいに来ていることが判明。

■隣りの建物を歩く猿
PB190318


20分ほどして、料理が出て来ました。すげえ物が出てきたらどうしようかと思ったけど、普通に食える料理でした。ガーリックスープ、ダシが何なのか分からないけど、絶妙な塩加減で美味。

■ガーリックスープ
PB190319


■スペインオムレツ
PB190324


でも、ジンジャーレモンチャイはMに言わせれば「ジンジャーとお湯」(笑)だったそうな。代金は四品で85ルピー(130円くらい?)。

トイレを貸してほしい、とお願いしたら、快く貸してくれました。

■借りたトイレ
PB190325


これがいわゆる、インドの一般家庭のトイレなのかー?
特に悪臭はせず、インドのトイレとしては、かなり清潔な方なのでわ?

ビビって食べ足りなかったので、「Monarisa」というレストランへハシゴ。カツ丼wがあったので頼んでみました。

■カツ丼
PB190330


カツ丼といいつつ、カツはチキンカツで見た目は親子丼っぽい。イスラム教徒は豚を食べないし、ヒンズー教徒も基本的に食べないらしいので、豚ではなくチキンカツなのはそのせいか?

ついでに日本語メニューを撮って来ました。

■日本食メニュー
PB190328


冷やし中華とか肉じゃがまであるw



英語ガイドさんと16時半にホテルのロビーで待ち合わせだったので、16時過ぎにオートリキシャを拾いに通りに出るも、ガンガーで祭(?)があるとかで道路は激混み。昼間なら100ルピーも出せば喜んで乗せてくれるオートリキシャ達もかなり強気で200ルピーとか150ルピーで交渉してくる。

「150?? ざーけんなよ!!」

と最初は突っぱねていたんですが、道路の混み方を見ると確かに異常。待ち合わせに遅れると最悪アグラ行きの電車に乗り遅れることにもなりかねないので、しょうがなく150ルピーまでレートを上げて交渉したらあっさり掴まりました。

が、道が混んでいて全然進まず。。「あいはぶのーたいむ! はーりあっっぷううう!!」と叫んでいたら、「ホンマにリキシャ通れるんかいな?」くらいの狭い裏路地に飛び込んでいくリキシャドライバー。待ち合わせとは15分遅れの16時45分にホテル着。

ホテルで荷物拾ってすぐさまバラナシ駅へ。そうなんです、本当は飛行機を使った方が時間が節約できて効率的にインドを回れるわけですが、でもそれじゃあツマラナイ、やっぱインド来たからには、インド電車も体験せんと! アグラまでの移動は寝台電車で12時間の旅をチョイス!(笑) 無事電車に乗車。

座席はエアコン付きの2等列車。いわゆる2段ベッドなので、寝て無い時は普通に座っていられます。3等になると3段ベッドになってスペースがなく、寝てるしかないとか。

隣席の人達は、右隣がインド人のおっさん。対面が香港出身ロス在住だという25くらいの兄ちゃん。右斜め前がM。左は通路で、その向こうに大阪から来たという旅行者の女性二人組。分かりにくい?

外┃大┃通┃香 M┃外
外┃阪┃     ┃外
外┃♀┃路┃俺 印┃外

Mはさすがに旅慣れていて、香港の青年や大阪のおねーちゃん達に気さくに声をかけており。M、なんだか日本にいる時よりも活き活きしているわあ。

大阪のおねーちゃん達は、関空から乗って5時間遅れでデリーに到着したそうな。会社の同僚同士で3年前から月5千円ずつ積み立てて、ようやくお金が貯まり念願叶ってインドへ来たそうな。香港の青年はいわゆるニート(ホントか?)でコルカタ(カルカッタ)、ダージリンと来てバラナシへ来たそうな。インドのおっちゃんは愛想がなくて今一詳細不明(笑)ですが、香港青年とのトークから推測するとバスの運転手で、今は年金生活っぽい。

途中で車内弁当の注文を取りに来たので注文。しばらくして、ライフルを担いだ軍人みたいな二人組がやってきて、名前・住所・注意書きを読んだか? みたいなことを署名させられます。注意書きには、「見知らぬ人から飲食物をもらって食うな。睡眠薬強盗に遭って身包み剥がされること間違いなし!」「鞄はポールにくくりつけておかないときっと盗られるぜ」などなど。車掌による検札もあり。この時検札に来た車掌は髪を赤毛に染めていて。いやー、あのカラーはアリなのか?(笑) 薄いくせいに赤いもんだから、なんだか糸トウガラシ乗っけて喜んでるだけのおっさんに見えて仕方なかった(爆)。

やがて車内弁当が届き。ドライカレーのみで40ルピー。いわゆる長粒米でパサパサしていて、おまけにちょっと辛いしであんまり美味くねえ。半分くらい食ったらもういいや、な感じ。

しばらくしたら、また弁当売りが来て「おまえら、さっき注文してたよな?」と言われ。そうなんです、さっきのドライカレー屋は全然別の売り子。あたかも注文していた弁当が届いたような顔してやがったけど、実は全然無関係だったのです!(爆) 注文した手前、ばっくれるわけにもいかず、しぶしぶ購入。こちらは70ルピーくらいだったか。でも、こっちの方が、ライス&カリー、ナン、ナン用のスープカリー、飲み水と構成はちょっと豪華でした。だけど、味的には薄くて、ありゃ不味いと言って良いでしょう。

飯食ってしばらくしたら、香港青年はとっとと自分の寝台に移って寝てしまい。インド人のおっちゃんも持参していた弁当を食べたら寝てしまい(余談ですが、インド人は本当に芸術的な手つきで飯を食べます。右手だけでナンをちぎる姿の美しさといったら!)。時間は確か19時過ぎくらい? 私は日本から持ってきた角瓶を取り出して、チビリチビリと飲り始め。Mと大阪女子らは会話が盛り上がっていました。大阪女子らも夜明けのガンガーには行ったらしいんですが、いわゆる旅行会社のオプショナルツアーとして申し込んだので、法外な料金(詳細は不明)を払ったそうな。サールナートもオプションで行ったと言ってますた。

でも、実際、リキシャオヤジらと交渉してきた身としては、彼らはガイドブックに書いてあるほど手強い人達ではないと思う。ま、ホントに現地の人価格で乗ろうとしたら相当手強いと思うけど(笑)。英語だって、「あいわんつーごーつー、××」「ハウマッチ?」だけで極端な話、何とかなる(笑)。高いと思うなら無視して歩き出せばいいわけで。オヤジがあわてて値下げした値段を言ってくるか、あるいはすぐに別のリキシャオヤジが声をかけて来ます。で、目的地に着いたら、事前交渉通りのルピーを払えばOK。降りる段になってリキシャオヤジ達が値を吊り上げてくることなんて無いし(500ルピー札を出したりするとお釣りがない、というのは結構ある)、こちらも降りる時になって改めて値切るのはやはりフェアじゃないでしょう。万一、吊り上げるようなオヤジがいたら「キープザプロミス!(約束は守れ!)」「ゆーでぃどんとせいざっとびふぉーあ!(そんなこと事前に言ってなかったろ!)」とか、Mのように思っきり怒鳴りつけるべしw。

と、話が逸れますた。すみません。

M&大阪女子も21時前に寝てしまい。私は一人でチビリチビリ飲り続けてましたが、翌日のことを考えて22時には就寝。寝台には、シーツ2枚と毛布、まくら付き。もともと暑がりだし、そんなにエアコン効いてないしで、毛布一枚で私は充分でした。が、いざ横になってはみたものの、インドオヤジのイビキがうるさくてなかなか寝られず。2時過ぎくらいまで1時間起きに騒音で目覚めていたような(笑)。

ちなみに、インドの電車(寝台限定?)は車内放送が全然なくて、今どこを走っているのか、停まっている駅はどこなのかがまったく分からない。また、平気で何時間単位で遅れるので、時刻表から停車駅を推測するのもほぼ無理。2分遅れて謝る日本の電車の車掌は、ここでは奇跡のような存在に思えましたよ(笑)。

ただ、車内放送はありませんが、出入り口の扉付近にはテツwっぽいオヤジが居るので、そいつに、

「この駅はどこだ?」

と聞けばだいたい教えてくれます。ま、ホントかどうかは別として(笑)。

4日目に続く。

インド旅行記・1日目、2日目(全5日)
http://blog.livedoor.jp/kaburoku/archives/52022972.html

インド旅行記・4日目(全5日)
http://blog.livedoor.jp/kaburoku/archives/52023761.html

インド旅行記・5日目(全5日)
http://blog.livedoor.jp/kaburoku/archives/52024739.html

20日。4日目

時刻表的には、アグラ着は5時55分。5時30分くらいにインド人おっさんを除いて皆ノソノソと起きだし。5時45分くらいにどこかの駅で停まったのでMが今どこの駅か例のテツwに聞きに言ったら、アグラの1コ前の駅だそうな。600キロ移動しておよそ1時間遅れ。そう考えると、同じように何百キロも移動する新幹線がほとんど定刻通りに着くって、やっぱりすげえすよ、ジャパーン!

ちなみに、時刻表ではアグラ着予定だった5時55分には、アグラで降りるはずのインド人のおっさんはまだイビキかいてグーグー寝てました(爆)

外は白み始めていて、車窓をぼけーっと眺め。


■中州に干された洗濯物?
PB200346


車窓からの景色を見ていて一つ気になったのは、まるで電車の乗客に見せつけるかのように野グソをしているインド人が多いこと(爆)。しかも子供だけじゃないんです、ええ大人までも、まるで「プリプリイ」という音が聞こえてきそうな勢いで野グソ。ちゃんと数えてないけど、30人以上の野グソistを目撃(笑)。


アグラ駅着は7時前。予定より約1時間遅れ。でも、ネットの体験記を読んでいると非道い人なんて8時間遅れとかあるらしいので、今回の私達は全然マシな方なのでしょう。

アグラでは、午前中は専属の日本語ガイド付き。車両の出口で待っていてくれました。名前はナレッサさん。中年のええオッサン。何となく競輪場とかにいそうな油断ならねえオーラ(笑)


■ナレッサさん(左下)
PB200424


車両を降りて駅出口まで歩いている途中でMが、

「あ!! バラナシのボートのガイドさんだ!」

と叫ぶので振り返ったら、確かにボートにいたスペイン語ガイド氏が笑顔で手を振っていました。ス、ストーカー? まさかね(笑)。

アグラ駅を出て朝食を食べにホテルのレストランへ。PUSHP VILLAというホテルでした。

■PUSHP VILLAホテル
PB200363


朝食は普通にバイキング。でも、肉類がほとんどなくて、肉好きな私としてはちょっと物足りなかったっす。

その後は、アグラと言えばやっぱタージ・マハルでしょう!

■タージ・マハル
PB200376


噂通り、美しいとしか言えませんね。写真撮影禁止なモスク内の大理石装飾が非常に細かい細工で、これまた美しい。

ちなみに、世界遺産な公衆トイレには、チップくれオヤジが必ずいて、チップをやらないと使わせてもらえなさそう。そんなわけで、ケチな人はなるべくレストランなどの無料トイレで用を足した方がいいでしょう。って、トイレチップは10ルピー(15円)で充分ですが。

■タージ・マハルにいたニセ浜ちゃん家族(笑)
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Mが絶賛wしていた家族。もーパパから「俺は心の底から家族を愛しているんだ!!」オーラが出まくりで、非常に良いものを見させていただいた印象(笑)。

続いてアグラ城へ。

■アグラ城
PB200409


行ってみれば「ふうん」な感じですが、でも、アグラに来たからにはやっぱり行くべきでしょう! 世界遺産だし。

アグラ城でナレッサ氏は、同業の顔見知り女性ガイドと何かイチャイチャしてやがるし(爆)。放っておいたら、「株六さーーん!! どこですかーーー??」とか叫びながらあわてて探しに来たので、

「いやー、ナレッサさん、女性となんかいい雰囲気だったんで、邪魔しちゃ悪いなと気を遣って先に歩いてたんですよ」

とチクリとやってやったら、ナレッサ氏、苦笑してましたよw。Mも喜んで、

「だって、イスラム教は4人まで奥さん持てるんですもんねえ?

とさらにダメ押し(笑)。

12時過ぎにランチへ。

■ランチのレストラン
PB200458


メニューは、チキンカレー、カボチャカレー、ポテトカレー。隣りのテーブルに日本人カップルがいて、Mが話しかけたところでは、私達と同じ日にインドへ来たそうな。で、10日間の予定でデリーを拠点に各地を観光するそうな。ジャイプールで3日間過ごすらしい。今回の私達はジャイプールは行きませんが、3日も過ごせるほど見所があるなら、やはりいつかは行かねばなるまい!(笑)

ランチ食って、ホテルへ。本当は15時からチェックインなんですが、早めにチェックインさせてもらい13時過ぎに部屋入り。アグラでの午後は自由行動だったので、荷物だけ置いて早速繰り出し。

どうしても、ファーテプル・シクリという世界遺産に行きたくて。ただ、アグラ市内からは40キロ弱離れているので、リキシャではきつい距離。そんなわけで、バスで行こうとイードガー・バススタンドへオートリキシャで移動。80ルピーくらいだったか。

バス乗り場に行ってみたら、バスの行き先が全部ヒンディー文字で書かれていてどのバスに乗ればいいのか全然分からねえ(爆)。仕方ないんで、チケット売り場のおっさんに「ファーテプル・シクリ行きのバスはどれか?」と聞いてみたら、

「バスが来たら教えてやるから、その辺で待っとけ!」

とのこと。ガイドブックに拠れば、30分おきに出てるはずなのに、1時間待ってもおっさんから声のかかる気配なし。おえええ、ファーテプル・シクリ、日が沈んだら閉まってまうがな〜(インドの観光地は、営業時間が時間では明示されておらず、「日の出〜日の入まで」なアバウトな所が多い気がする)。移動で1時間かかることを考えると、遅くても16時にはここを出ないと間に合わない。が、15時になってもおっさんから声がかからず。。

しょうがないんで、トイレでも行くかと小便をしに。チラっと見た大便所は、3人分くらいの成果物wが山盛りになっていて、ハエが軽く200匹は居ました。いやー、あのすさまじいハエの中でウンコなんてできんダロー(爆)。

待ってる間に、近くまで野良牛(笑)がやって来たのでパチリ。

■野良牛
PB200469


なぜ野良牛が居るのかというと、元々は乳牛として飼われていた牛が、乳を出さなくなると捨てられるからなんだそうな。インドでは牛は神聖な生き物なので、乳を出さなくなったらじゃー肉にしてペロリ、ってわけにはいかないのねん。

15時を回ったあたりで、どこからともなく現れた一人のおっさんが、

「ユー、ファーテプル・シクリ行きのバス待ってるんか?」

と声を掛けてきました。そうだ、と応えたら、

「バスはいつ来るか分からないから、俺の車で行かないか?」

と勧誘してきました。いくらか聞いたら、往復で700ルピーでいいと言う。ガイドブックによれば、タクシーなら片道950ルピー。往復で700ルピーはちょっと安すぎねーか? と怪しむも、オッサンのオーラにはどことなく気品を感じて付いていくことを選択。でも、旅慣れたMはずーっと「ねえねえ、ホントにこいつ大丈夫?」と怪しんでいました。

車に乗ったら、ガソリンがそもそもガス欠寸前で、

「オッサン、ホントに行く気あるんかいな!」

と怪しさ増大。でも、間もなくして数リットル給油したので、

「あー、単に必要最小限のガソリンで燃費向上を図る人なのね」

と理解。

途中で、有料道路なのか入場料なのか駐車場代なのか不明ですが、おっさんに、

「100ルピーくれ!」

言われて差し出しました。1時間ほどで、無事ファーテプル・シクリに到着。途中で英語ガイドが車に乗り込もうとして来て、いくらか聞いたら300ルピー。でも、Mがしぶとく値切って250ルピーで決着。が、英語ガイドのオッサン(名前はアブラール氏)、50ルピーの値下げがそんなに痛かったのか、明らかにテンション激下がり(爆)。

途中の駐車場で車を降り、現地まではシャトルバスで移動。

■ファーテプル・シクリ
PB200504


ここは造られてから、水不足のためわずか14年で打ち棄てられたという都。ちゃんとした英語のガイドを雇ったせいか、分かりやすさが全然違いますね。例えば、

「あっちの建物は夏用で、こっちは冬用です。ほら、夏用の建物には風が入ってくるための窓があるでしょう?」

みたいな適切なガイドをしてくれる。ぼけーっと見てたら、そんな窓なんて絶対気づかないし!

イスラム・カーン廟のところに、布切れを売ってる青年がいて、

「この布を、サリーム・チシュティー廟に献上すればいいことがある」

みたいなことを、妖しい声色(笑)で語ってきます。値段を聞いたら、500ルピー、700ルピー、1000ルピーと3種あるそうな。値段が高い布切れだと、刺繍が豪華だったり、端の部分にヒラヒラが付いたりしている。Mは、

「こんなのいらないよー!!」

と叫んでいましたが、英語ガイドのアブラール氏は、

「この売上は100%チャリティに使われます。絶対買った方がいい。必ずいいことがある! 買わないと絶対後悔するよ!!」

などと「自分、リベートもらえるんちゃう?」と疑いたくなるくらい熱烈に説得して来て。ここはそもそも、ここに住む聖者の予言によって王が跡継ぎを得たというおめでたい場所。絶対なんかご利益ありそうだ、と思って、Mの反対を押し切って500ルピー布を購入。で、それを言われるままにサリーム・チシュティー廟に献上して参りました。

■サリーム・チシュティー廟
PB200525


でも、サリーム・チシュティー廟の中をぐるっと回ったら、某曲がり角で献上された布を再利用するために畳んでいる姿を発見し、ナ、ナンダカナー。せめて観光客が来ないところでやってくれよ!(爆)

一通り見たら、時刻は18時前。辺りはすでにかなり暗い。ファーテプル・シクリから駐車場までのシャトルバスに乗ったら、デリーから来たという中学生達が満載。もー奴ら、珍しがって私達をジロジロ見てくるし。人間大好きMが話しかけたら喜んでカタコトの英語で応えて来ました。いや、ほんと、英語レベルで言ったら日本の中学生と遜色ないくらいのカタコト英語でしたが、インドの中学生らはそんなことにはまったく物怖じせず、バンバンカタコト英語で話して参りますた。たまに同級生らに、

「おめえ、それ、語順違くね?」

とツッ込まれたりしながらも、ホント、全然ひるまず。

「みすたー、あいるていくゆあぴくちゃ。ぷりーずふぁにーふぇいす!(おっさん、写真撮るから面白い顔してくれ)」

言われて、渾身の変顔をしてみせたら、厨房らに大ウケ。

「ヘイヘイ、ワンモアプリーズ!」

ウケたのに気をよくして、違う変顔をして見せたら、またもや大ウケ。

「ラスト、ワンショット、プリーズ!」

う、うええええええ、芸人じゃないんだから、変顔にそんなにレパートリーねえって! と苦し紛れに手を使った変顔を披露したら、中学生ら、急にテンションが下がって、

「さ、さんきゅう。。。」

オイオイなんだよ、そのダメ出し的さんきゅうわっ!!!

とっさに、

「おーう、ソーリイ、あむあいそーハンサムマン!! ばっとゆーどんとびーでぃさぽいんてぃっど!(俺がカッコ良すぎてごめんね。でも、そんながっかりすんなよ)」

と言ってみたら、厨房ら、急にゲラゲラ笑い出して、

「いえす! ゆーあーそーハンサム!! ぎゃはは! いぇす、ソーハンサム!! ぎゃっはっは、は、は、はんさむ!!」

…いやー、生涯で結構カチンと来る瞬間でしたよ(笑)。


シャトルバスを降りて、例のおっさん(名前はリケさん)の車でアグラまで送ってもらい。ちなみに、シャトルバス代は一人5ルピー。晩飯を食うところを決めていなかったので、地球の歩き方見ながら、乗せてもらったバススタンドとホテルの間にある「ダーサプラカーシュ」というレストランにしようかとMと相談。

で、リケ氏に、

「ダーサプラカーシュ、っていうレストラン知ってるか?」

と聞いたら、

「おー、知ってるで。ま、俺は入ったことないけど」

との応え。乗せてもらったバススタンドじゃなくて、ダーサプラカーシュで降ろしてくれないか? と要請してみたら、

「おーけーおーけー。じゃ、900ルピーで頼むわ


…くっ、やっぱりインド人だ、ちゃっかりしてやがるぜ(笑)。

車の中で、Mとリケ氏のダベりを聞いていたところでは、リケ氏と英語のガイドのアブラール氏は学生時代の同級生なんだそうな。二人とももういわゆる定年みたいな感じで、ほとんど道楽的に観光客をファーテプル・シクリに連れていってるそうな。最初に値段を聞いた時には、やけに安すぎるので超怪しかったけど、背景を聞いた後では破格だったのも納得。

無事レストランまで行って降ろしてもらいました。

ダーサプラカーシュというレストランは、さすがガイドブックに載ってるレストランらしく、入ってみたら客は観光客な欧米人&シンガポールっぽい人らのみ。いわゆるベジタリアン・レストランで、肉類やアルコールがまったく無く、私にはちょっと物足りなかったっす(笑)。二人で普通に食べて、627ルピー。お釣りの3ルピーは、お金じゃなくてキャンディ3つでしたw

レストランのそばで、なんだか政治集会みたいなことをやっていて、ちょっと見に行って来ましたがヒンディー語で全然分からず。もう帰るべ、とリキシャオヤジを探していたら、サイクルリキシャがいて。

「○○ホテルまで行きたいんだけど、いくらだ?」

と英語で聞いてみたら、どうやらそのサイクルリキシャのおっさんは英語が出来ないみたいで、近くにあったカフェみたいなところにいた若者を連れてきて。その若者を通して交渉したら、100ルピーで行ってくれるそうな。と、その交渉してる風景を見て、たまたま通りかかったオートリキシャのオヤジが停まって、

「おまえら、どこまで行くんだ?」

と聞いてきたので、○○ホテルだ、と応えたら、80ルピーで行くという。Mに、

「このオートオヤジ、80で行く言うてるで!」

と言ってみたら、Mは、

「でも、この通訳の兄ちゃんが、例えちょっと高くても、サイクルリキシャのおっさんの方が圧倒的に貧乏なんだから、裕福な君らは施しの意味も込めて、サイクルリキシャのオヤジを使ってやってよ! って言ってる」

と言う。うーん、確かにサイクルリキシャオヤジ、見るからにかなり生活苦しそう。じゃーサイクルで行くか! とオートリキシャのオヤジに、

「そーりーそーりー、うぃーうぃるせいぶひむ」

などと言って断り、サイクルリキシャに乗りました。

サイクルリキシャ、基本チャリンコなのでスピードはまったく期待できませんが、座った時に視線がちょっと高くなるのは◎。

■乗り台から見たリキシャのおっさんの後姿
PB210543


どうでもいいけど、このおっさん、「おまえは江戸っ子か!」とツッコミたくなるくらい、ちょくちょく手鼻をかんでました。

結構な登り坂が続いて、おっさん、しんどそう。でも、料金的には結構おいしかったみたいで、ペダルを漕ぐ足取りはどことなくルンルンな雰囲気。途中で道に不安になったのか、またもやカフェっぽいところで停まり、若者に道を聞いており。そうしたら、カフェにいた若者がリキシャにやってきて、

「あんたらの行きたいホテルは○○でいいんでしょ?」

そうだ、と答えたら、どうやらそのホテルは最近名前が変わったみたいで、若者がリキシャのおっさんに、

「昔で言う、××ホテルだ」

とヒンディー語で説明(たぶん)したら、リキシャのおっさんも「あー、はいはい、あのホテルのことね!」

と、ようやく場所を確信した模様。

この時のホテルも、ちょっといいホテルだったので、

「いやー、宿泊客がタクシーじゃなくて、サイクルリキシャで帰ってきたら、門番のおっさんら『あれあれー? あいつら、サイクルリキシャなんかで帰って来ちゃったよ。まったく、ビンボー人が背伸びしてこんなホテルに泊まってけつかりやがって!』ってドン引きするんじゃね?」

とMと話しながらゲラゲラ笑ってたら、なぜかサイクルリキシャのおっさんもゲラゲラ笑ってるし(笑)。

そんなわけで、門番から見えるか見えないかくらいの所で降ろしてもらいました。リキシャのおっさん、久々に上客乗せたわ〜、みたいなウキウキ笑顔がすごくまぶしくて、本当は100ルピーでいいところを思わず200ルピー渡しちゃいました。200もらえると分かった時のおっさんの笑顔の輝きといったら!! あんなにいい笑顔、日本では久しく見てないような気ガス。MはMで、日本から持参したいらないタオル(笑)を何枚かあげてました。おっさんはすごく嬉しかったみたいで、握手を求められ。いやー、リキシャのおっさんに握手を求められるなんて、この時が最初で最後。

ホテルに戻って、1階にあったお土産屋コーナーを物色。ホテル価格なので高いはずですが、ある程度の相場勘を得るための情報収集として。紅茶屋は100ルピーほど高めな印象。シルク屋、宝石屋、彫像屋は入らず。インド的な布画(?)な店にMが魅かれて入りました。メインは本屋みたいなんだけど、布画、切手セットなどもあり。店主がどことなく味のあるオヤジで、色々交渉しつつ30分くらい居たのではあるまいか。私は自分用みやげとして、なぜかブータンwの切手セットを500ルピーで買いました。フフフ、今後、再びワンチュク国王ブームが来たら、ヤフオクにて高値で売り抜けるために!!(笑)


5日目へ続く。

インド旅行記・1日目、2日目(全5日)
http://blog.livedoor.jp/kaburoku/archives/52022972.html

インド旅行記・3日目(全5日)
http://blog.livedoor.jp/kaburoku/archives/52023215.html

インド旅行記・5日目(全5日)
http://blog.livedoor.jp/kaburoku/archives/52024739.html

21日。5日目、インド最終日。

朝は7時頃起きて、ホテルのレストランで朝食。席が結構空いているのに、なぜか柱の陰みたいな席に座らされてMはカチンと来てましたw。しかしまー、さすがにカレーも飽きますな。米と卵と納豆と味噌汁な朝食が恋しい。

8時15分にガイドのナレッサ氏が迎えに来て、車でデリーへ移動。乗ってすぐ、運転手のイェスパールさんが小さな売店に寄ってクッキーを購入。「寝坊して朝飯食い忘れか?」と思っていたら、急に車を停めて、窓からクッキーを投げ始め。そうしたら、野生の猿達が殴り合いながら(笑)のクッキー争奪戦。そんなに街の外れでは無いはずですが、こんなに猿がいなさるとわっ!(爆)

■猿ども
PB210549


しばらく走って高速道路に乗り。

■アグラ→デリーへの高速道路
PB210557


この道路、出来てからまだそんなに年月は経ってないそうな。それにしても、デリー近郊に着くまではほっとんど車がおらず、その交通量は日本のド田舎にある有料道路並み

デリーに着いたのは11時30分頃。まずはラージ・ガートへ。ガンジーが火葬された場所。

■ラージ・ガート
PB210582


ここへ入るには、入口で靴と靴下を脱ぐ必要あり。靴預かり所は有料と無料があって、有料だと1人10ルピーくらいだっか。

その後は、ランチを食べにレストランへ。他の客を見るとほぼ観光客のみ。カレーもおそらく観光客仕様なのでしょう、日本でいう中辛くらい。別料金なキングフィッシャーを2本やっつけて600ルピー。

車に戻り、レッド・フォード、インド門を車窓から観光。Mがどうしてもバザールに行きたい! とナレッサ氏に交渉し、40分限定でOKをもらい、二人でサイクルリキシャでぶらぶらと。途中、子供らを乗せたサイクルリキシャとすれ違ったんですが、

「おっさん、俺だ! 俺を撮ってくれ!!」

猛アピールしてくる少年がいたので撮りました(笑)。

■おっさん、俺だ、俺を撮ってくれ!
PB210611


戻って来たら、お約束の土産物屋に連れていかれ。でも、ホテルで見たものより紅茶は50ルピーくらい安かったので少し買いました。毎日祈るとお金に困らなくなるという、ガネーシャの真鍮な置物はちょっと欲しかったんですが、小さいしょーもないようなサイズでも、3200ルピーとか言うので見送り。

続いてフマユーン廟へ。

■フマユーン廟
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これはタージマハルより前に建てられた建築物で、タージマハルはフマユーン廟の影響を受けているそうな。フマユーン廟はモスク内も自由に撮影できます。

そして、クトゥブ・ミナールへ。

■クトゥブ・ミナール
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72mもある美しい巨塔。

以前は中に入れて上まで登れたらしいんですが、ある時、落雷があって中に居た観光客が亡くなってしまい、それ以降は入れなくなったそうな。

■アラーイーの塔
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塔と言っても、ほぼ土台部分だけですが(笑)。

昔の権力者が、クトゥブの倍の高さの塔を建てようと着工するも、途中で暗殺されたため未完のまま残っているそうな。

デリー市内のどこからどこへの移動だったか忘れてしまいましたが、信号待ちで車が停まっていると、どこからともなくデンデン太鼓みたいな音がしてきて、芸を披露して来る一団がいて。

行きの時は、太鼓鳴らしの16歳くらいの兄ちゃんと4歳か5歳くらいの少女。少女は泣いてるのか目にゴミが入ったのか分かりませんが、涙拭きつつ体操選手的な技をいくつか披露。Mが不憫に思ったのか、キャンディをいくつかあげてました。

帰りの時は、4歳くらいの少年と12歳くらいの太鼓鳴らし少年。この4歳少年の表情&動きがめちゃくちゃコミカルで、車内はナレッサ氏や運転手の人も含め、みんなで爆笑。ガキ使で、マドンナの曲で踊るオバチャン級な動きで面白かった(笑)。キャンディ2個あげたら、

「ノノノ、マニーマニー!」

と叫んでましたが、車が動き出してしまったので残念! でも、あれなら100ルピーくらいあげても良かったな(笑)。写真や動画を撮り忘れたのが今でも悔やまれます、それくらい面白かった。

クトゥブ・ミナールの後は、Mがどうしても地元の主婦が行くようなお店に行きたい! とナレッサ氏にお願いして、地元の日用雑貨屋へ。私はブラブラと付近を散策してたら、タバコ屋があったので、喫煙者向けのお土産としてインドタバコでも買おうと店に。ショートホープ的なサイズの箱を指さして、いくらか聞いたら、

「240ルピー」

とオヤジ。日本円にしたら360円? マタマタァ、オヤジ、ふっかけてんちゃうんかい、と思って、

「じゃあ、隣りのは?」

日本語で言いながら(笑)、いわゆるキングサイズ・ボックスなのを指さしたら、

「100ルピー」

キングサイズのが半額以上安いの? いや、単に日本語にひるんでふっかけるのをやめただけか? まー100ルピーならいいかと、思いつつ、

「わっとかいんどおぶたばこ、いずじす?」

と聞いてみたら、

「ナンバルワン、インインディア」

ほ、ホンマかいな〜。てか、何がナンバーワンなのか全然ワカランし(笑)。

「ナンバルワン? せりんぐ? おあ、ていすと?」

「いえす、ナンバルワン!」

だーかーらー、何が! と思ったものの、そんなとこに食いついていてもしょうがねえか、と思って100ルピーで購入。でも、後で箱の底面みたら売価は「90ルピー」と書いてありやがった!(爆) インド人、絶対正規の値段で売ろうとしないものw

Mは、スパイスや紅茶など結構な量を買い込んでいましたが、それでも1070ルピー(1600円くらい)。日本だったら3000円くらいはするのではあるまいか。

インドの最後飯は、南インド料理屋。ドーサという、春巻きの皮みたいな中にポテトコロッケの中身wが入っているような食べ物がメイン。

カレー2種類と、玉ねぎ入り水溶きヨーグルトwみたいなのと、しょっぱ酸っぱい漬物的風味のペースト状な何か。目隠しして「梅干を潰したやつだ」と言われれば、違和感無いような味(笑)。

■ラス飯
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客は現地の人もちらほらいたし、トイレにはトイレットペーパーが無かったしwで、そんなには高くないお店なのでしょう。

店員の仕事ぶりを観察していたら、スプーンをテーブルに置く時にさじ側を思っきり握ってたので、食器類はやっぱりウェットティッシュでしっかり拭いてから使いたい(笑)。

レストランの下に日常雑貨店が集まっていてちょっとブラブラ。珍しく酒類が置いてあったので、おみやげビールでも買うかと店員に、

「あいわんとさむびあー」

「ストロング、おあ、ノンマル?」

「わっとみーんいずすとろんぐ?」

「ハイアルコール!」

一応、モノを見せてもらったら、ストロングは度数8%、ノーマルは5%でした。じゃ、8%でいいか、とストロングを購入。500ml缶で1本70ルピーでした。

その後は空港へ。時間がちょっと早いとかで、30キロくらいのノロノロ運転で、空港着は20時。

■途中にあったホテル街w
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性には堅いイメージのあるインドですが、やっぱあるんですなあw

こういう絵を中学生みたいに喜んで撮ってる私も私でつが。。(爆)

飛行機は翌1時25分デリー発なので5時間以上あるわけですが、夜は出歩くとそれなりに危ないらしいので、早め到着だとか。

チェックイン手続きは22時頃から。待ってる間に、日本人のカップルが隣りに座って来て、Mが話しかけてました。Mが言うには、

「彼女の方はぐったりしていて、まったく生気が無かった。あれはヤバイね」

だそうな。。きっと何かに当ってすごいゲリに苦しめられた(苦しめられ中?)のではあるまいか。

チェックインが始まって、係員のバイトの兄ちゃんがめっちゃ日本語上手でした。大学で日本語を学んでる学生だと言ってたような気がする。群馬の前橋に兄ちゃんが留学してるそうな(笑)。

出国手続きを終え、免税店エリアをブラブラ。やっぱどうしても真鍮ガネーシャの置物が欲しいなぁだってお金に困らなくなるんでしょ? と思ってある店の値段を見たら、一番小さいやつで1660ルピー。例の土産物屋の半額やんけ! と思わず飛びついてしまいました。それと、思い出深いオートリキシャのおもちゃも購入。こちらは270ルピー。

■オートリキシャとガネーシャ
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店巡りも飽きて、搭乗開始までの1時間くらいを、2階の「CAFECCINO」というファストフード屋で過ごしてました。瓶には40(45だったかも)ルピーと印刷されてるけど、ここでは240ルピーで売られてるwキングフィッシャーを、「どうせ100ルピー札まだ結構余ってるしな」と3本くらいやっつけつつ。

Mはそこで売られていた「ヒマラヤの水」というのに魅かれて「だってヒマラヤだよ?」と興奮気味に2本買ってました。

帰りの機内は特に面白いことはなく(敢えて言えば、結構空いていたので、皆すんごい格好&態勢で寝てますたw)、成田に着いたら、昼の12時40分くらいでほぼ定刻通り。

幸い、噂に聞くような非道いゲリにならなかったので、

いやー楽しかったですよ、インド!!

5日間いて、2人で使ったお金は着いた日のデリー空港で両替した3万円分の約18000ルピーのみ。

そのうち1500ルピーくらいは日本に持ち帰って来た(爆)し、おみやげ&空港ビールで5000ルピーくらい。

ガイドさんらへのチップがトータル3000ルピーくらいだとすると、市中で使ったお金は実質1万5千円くらいか。

物価が安い国って、やっぱいいわあ!w

いつかまた行こう、インド人達とバトルしに!(笑)

■今回の旅行の自分的ベストショット
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車内からレッド・フォードを撮ったら、たまたま通ったバイクオヤジが絶妙なポジションで写り込んだ奇跡の一枚(笑)。


こんなくだらない旅行記を最後まで読んでくださり、ありがとうございました♪

インド旅行記・1日目、2日目(全5日)
http://blog.livedoor.jp/kaburoku/archives/52022972.html

インド旅行記・3日目(全5日)
http://blog.livedoor.jp/kaburoku/archives/52023215.html

インド旅行記・4日目(全5日)
http://blog.livedoor.jp/kaburoku/archives/52023761.html

よろしければ、↓過去の旅行記も見ていってくださいませ 〜m(_ _)m

※2016年に行ったスリランカ旅行記はこちら
※2016年に行った香港旅行記はこちら
※2017年に行った西安旅行記はこちら
※2018年に行ったペルー・ボリビア旅行記はこちら

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