ちゅーわけで、海外旅行大好きなMとインド行って来ましたよ、インド!

日程は11月17日の17時20分成田発、18日0時20分デリー着、バナラス、アグラ、デリーと回って22日の1時25分デリー発、12時50分成田着というプラン。

17日は少し早めに出ようと、家発は11時。日暮里でランチして京成に乗り換え、空港着は15時前。成田空港来るなんて、自分、小学校の修学旅行以来っすよw。とっととチェックインして邪魔な荷物を預け、出国手続きして特に問題なし。スーパードライのエクストラコールド飲みつつ待って、バスで飛行機へ。バスから降りる時はてっきり前からだと思って前の方に位置どってたのに、降りるのは中央の扉からでやんのw。外は小雨。30分ほど遅れるも無事に離陸。さらば〜、ジャパーーン。

機内では、特に面白いことは無し。ANAだったので普通に日本語が通じて楽チンでした。ビール頼んだら黒ラベル。その後、200mlの赤ワインを3本くらいやっつけ、上空なせいか簡単に酔いが回ってええ感じに酩酊。

出発は遅れましたが、デリーへはほぼ時間通りに到着。デリー時間で0時15分頃。入国手続きの所にはたぶん200人くらい居たのかなー? どこも行列。並んで待っていたら、審査官のおっちゃんが「隣りが空いてるからそっちへ並べ」みたいなことを言うので、言われた通りに隣りの列ではみ出し気味に並んでいたら、オバハン審査官がやって来て、

「こらこらこらこら、バカか、おめーらは。何ハミってんだよ。ロクに並べもしねえのかこのアンポンタン。向こうからちゃんと回って来て並べやボケ! おらおら、回って来いって言ってんだよ。分かるか? あーん?」

みたいなことをえらい剣幕で言い出し、グルっと回って並ぶことに。

「面倒くせえなあ。氏ね、クソ公務員があああ!!」

とか日本語で言いながら並び直す小生w。

入国手続きを済ませ、2万円ほど両替。両替所は、すぐにある所よりも奥にある両替カウンターの方が若干レートが良かったです。すぐにある所は1円が0.60ルピー、奥は0.61。

出口から出たら、お出迎えのインド人らがいっぱい。旅行者お出迎えの人は手に「MR.××」のような紙を持ってるけど、手ぶらな人はきっとタクシーやリキシャのオヤジ達なのでしょう。無事、自分達のガイドを見つけて合流。ガイドさんは、サンディという名の好青年。ガイド始めて6ヶ月だそうな。学校で日本語を学んでいるとかで、変な言い回しをしなければ普通に通じる感じ。

ホテルまで送ってもらって、ホテル着は1時過ぎ。翌日は8時15分に迎えに来るとのこと。10時間くらい飛行機乗ってたし、日本時間で言えば既に5時過ぎだし、明日に備えてとっとと寝るべーと風呂入ってこの日は即寝。


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18日。2日目。

7時前に起きて、ホテルの食堂でバイキング。普通にソーセージやハムなどもあり、卵料理専門(?)のコックなども居ました。カレーはたいして辛くなく、旅行者向けにカスタマイズされているのでせう。8時15分にサンディ氏に連れられ、空港へ。国内線に乗ってバラナシへ移動。ちなみに、バラナシは色々言い方があるようで、ベナレス、バナラス、バナーラス、ワラーナシーなどなど。


空港でサンディ氏とはお別れし、チェックイン手続きのためだけのガイドさんへ交代。空港に入るための許可証が必要で、サンディ氏は持ってないからだそうな。チップを少々。

国内線はデリー10時40分発、バラナシ11時55分着予定でしたが、実際は12時10分頃バラナシ着。バラナシ空港は、日本の地方空港っぽいイメージ。手荷物ゲット場所には、日本人がちらほら。女子学生っぽい3人組の他は、お金持ちそうなオジサマ・オバサマ多し。空港出たら、数百人のインド人達がグワーーっと壁になって居て、これはさすがにヒきました(笑)。私たちはホテルまでの送迎ガイドを付けていたので問題なかったけど、丸腰で来たらこの中からリキシャオヤジらと交渉するんでしょ? こりゃ大変だ。

バラナシのホテルまでの送迎ガイドはクマールさん。日本語はNGなので基本英語。クマール氏によれば、ガンガー(ガンジス河)の日の出は6時15分なので、5時30分にはホテルを出た方がいいだろう、とのこと。あと、夜の18時15分から始まるプージャもぜひ見てほしいところ、だそうな。

車窓から見えた景色で印象的だったのは、

■燃料用の牛ウンコを干しているところ
PB180163


人が手でこねてw作るんだそうな。

■オートリキシャ
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■サイクルリキシャ
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ホテルに着いたのが13時20分頃。本来、15時からチェックインだったはずの所を早めに入ろうとしてちょっと待たされたりし。ホテル着以降のバラナシは、翌日の夕方まで完全自由行動なので、ホテルに荷物だけ捨てて、Mと早速外へ繰り出し。

ホテル出てから、ヨボヨボのサイクルリキシャのオヤジが「2ルピー2ルピー」言いながらずーっと付いて来やがって、

「うるせえなあ。まずは昼飯なんだよ〜」

と日本語で言い続けるあたし。下手に「アイムハングリー」なんて言ったら2ルピーオヤジが、

「おし、俺に任せろ。いいレストラン知ってるんだ!!」

とか言い出すに決まっている!

最初の飯から勝負しても仕方なかろう、とホテルから徒歩2分くらいのところにある、比較的安全そうに見えるバーガーキングへ。はい、あのバーガーキングです。が、中に入ってみると、立ち飲み屋みたいな混雑ぶりで、日本のバーガーキングとは大違い。とりあえず、チーズバーガー(50ルピー≒75円)を頼んでみました。バーガーとは言うものの、バンズはホットドッグ系な長めのパン。一口かじってみたら、揚げパン風。美味くも無いが不味くもない。でも、生野菜なレタスはちょっと怖いな(爆)。

バラナシ初日はサールナートへ行こうと思っていたので、早速道でオートリキシャのオヤジを掴まえて、

「あいわんつーごーつーさーるなーと!」

と言ってみたら、「OK、OK、乗れ!」みたいなジェスチャー。が! ここでうっかり乗り込んではいけません。必ず価格交渉しないと!

「ハウマッチ?」

「700ルピー」

事前に調べた相場では、80ルピー前後だったはず。700ときやがりましたよ、このクソジジイ。「のーうぇい、そーいくすぺんしぶ!!」と吐き捨てて、次のオヤジへ。

次のオヤジは、若い頃どんだけ綺麗にストレートもらったんだよ、というくらいの総前歯無しのジジイ。

金額はちゃんと覚えてませんが、確か100ルピーで良い言うんで、このオヤジのオートリキシャでサールナートへ。

インド道、噂どおり牛が普通に寝てたり、ぶらぶらしてたりする横を、車やリキシャがビュンビュン走ってます。基本、信号なし。「牛が道路を横断してるから渋滞」などもちょくちょく発生。

ソウルに行った時に「交通マナーが酷いなあ」と思ったけど、インドは間違いなくソウルの上を行きますね(爆)。もう何でしょ、クラクション鳴らしまくり。日本だと、例えば青信号なのに前の車が動かない時か、道ゆずってもらった時の「サンキュー」な時にしかクラクションなんて鳴らさないけど、インドのドライバーは基本的に前の車の横通る時には必ず鳴らします。「どけどけ」というよりは、「横通るからな〜、車線変えるなよ〜!」という注意喚起みたいな感じ。なので、クラクションを鳴らされる方もキレてナイフ持って降りてくる(爆)ようなことはなく。そもそも、リキシャはもちろんほとんどの車がサイドミラーを畳んで走ってるし(笑)。

サールナートは、ブッダが初めて説法をした所で、仏教徒にとっては重要な聖地。ダメーク・ストゥーパという仏塔が見所。

■ダメーク・ストゥーパ
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建造物以外に印象的なのは物乞い。「ハロウ、ハロウ」言いながらずーーーっと付いて来る婆さん多数。後、「何か食べる物くれ」なジェスチャーをしながら、これまたずーーーっと付いて来る幼児とか。物乞いは基本的に無視するつもりでいたんですが、4歳くらいの少女があんまり不憫なので、キャンディを1つあげました。ちょっと経って振り向いてみたら、兄と思われる少年に腕を思っきり捻られてキャンディを強奪されそうになっていた少女。激しく抵抗してたけど、きっと没収されたんだろうなぁ。少女、顔が完全に「に、兄ちゃん、ギブギブ!!」だったもの。

他には、絵葉書売りの前髪パッツンな少年も印象的でした。

「外だと500ルピーで売ってるんだけど、今日は300ルピーでOKだ。しかも金利手数料は俺が負担しちゃうぜ!」

みたいなことを言いながら、こいつもずーっと付いてくる(笑)。時々日本語で「高い安い?」って言うんだけど、そのちょっと困ったような表情と言い方がどことなくコミカル。いや、少年は売り込みに必死なので笑っちゃ失礼なんだけど、でも「高い安い?」はちょっとツボでした。

結局、Mが「500ルピー札しかないから、300ルピーお釣りくれるなら200で買ってもいい」と話したら、少年、突然テンション上がって絵葉書集をMに渡し、

「ゲートの外でまた会おう、必ず300ルピー持って行くから! 高い安い?」

と駆け出す少年。おいおい、物だけ置いてどっか行っちゃったよ。これで俺達が逃げたら丸儲けやんけ、などとMと話しながらゲートを出たら、まったく逆の方向からパッツン少年が走って来て、元締めみたいなにーちゃんに、

「お釣り用の300くれ!! あのアホ達が200で買ってくれるんだ! そうだ、見えるだろう? 2人組のあのアホ達だ!」(←推測)

とせっついて釣銭用札を受け取り、無事売買成立。

16時過ぎにオートリキシャを掴まえて、サールナートからガンガーへ。170ルピーくらいで交渉したような? この時の兄ちゃんは運転が荒いの何のって。道が混んでたせいもあるのかもしれないけど、「どう考えても無理だろ!」みたいな隙間でも、隙間さえあればクラクション鳴らしながらリキシャねじ込んで行くし。いやほんと、オートリキシャは富士Qに置くべき乗り物ですよ(笑)。

■オートリキシャからの風景


「渋滞がひどいからここでもう降りろ。ガンガーまではすぐそこだ。歩いた方が絶対早い!!」

みたいなことを言われ、降りてみたけど、ガンガーまで実は徒歩20分くらいな手前でした。やりやがったよ、あのオヤジ(笑)

ガンガーまでの道の両脇には色々な店があって、眺めているだけでも結構楽しい。でも、靴屋が始まるとしばらく靴屋だけ、衣類屋が始まるとしばらく衣類屋だけ、とある程度ジャンルで固まっているっぽい。

ホテルで履くビーチサンダルでも買うかと、埃だらけなビーサンを一揃い150ルピーで、二人分購入。ブランドは、Adidos。はい、アディダスではなく、アディドスでつ(笑)。

とりあえず、プージャが行われるガート(沐浴場)を確認しておこうとダシャーシュワメード・ガートへ。ガートの名前は、ヒンドゥー文字だけで、英語で書いてない所が多くて実に分かりにくい。でも、ダシャーシュワメード・ガートは確か英語表記もあったし、プージャ用の舞台(?)が設置してるので比較的分かりやすいはず。

プージャが始まるまでまだ1時間ちょいあったので、先に晩飯食うべ、とMと通りをブラブラ。そうしたら、日本語を話すインド人がやってきて自信満々で、

「おすすめのレストランあります。ドルフィン・レストラン。屋上にあって、眺めすっぱらしい!!」

とかなんとか。

やけに日本語が上手 = 怪しい


を事前学習で刷り込まれているので、大丈夫かなーこのオヤジ、と思いつつも付いていくことに。案の定、脇道に入ったと思ったら、暗い方、人がいない方へとズンズン歩いていく。Mが心配そうに「ちょっとー、このオヤジ、ホントに大丈夫う?」を連呼。もし、何かあったら、ポンプ操法で出すくらいの大声の準備をして、おそるおそる付いていく私。でも、徒歩2分くらいで噂のドルフィン・レストランに着きました。

私「た、高そうな店だなー。いくらか知ってる?」

印「私、ここで食べたことないよ!」

食ったことのないお前が自信満々で「眺めすっぱらしいよ」とか言うな!(爆)

まー、とりあえず行くか、と階段を7階くらいまで昇ったらレストランがありました。欧米人な客が4組ほど。ちょっと安心。メニューを見せてもらったら、料金もきちんと書いてあるし、単品200ルピー前後なので、旅行者料金ではあるものの、極端にぼったくられたりはしなさそう。というわけでここでメシにすることに決定。カレー3種、チャイ、ビール2本で料金は1200ルピー。

■ドルフィン・レストラン
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■出て来た料理ら(おーいお茶缶は持ち込み品ですw)
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食ってる最中にプージャが始まったようでどこからともなく、宗教風な音楽&鐘の音が聞こえ。18時10分過ぎにレストランを出て、ダシャーシュワメード・ガートへ。さっきは全然人がいなかったのに、結構な人だかり。

プージャ中に、紅い点を眉間に塗りに来るオヤジが時々出没して、最初は断っていたんだけど、あるオヤジがめちゃくちゃ機敏で避ける間もなく塗られてしまい、

「えへへ、塗っちゃったもんね! ほらほら、出すもん出さんかい!

とあからさまに寄付を要求するオヤジ。

「ったくクソジジイ、しょうがねえなあ」

とかブツブツ言いながら10ルピーコインを渡したら、

「な、なんだあ? これっぽっち? 嘘でしょ? どんだけケチなの自分。おい、横のおっさん、あんたも見てたろ? こいつ、10っきゃ出さねーのよ、10っきゃ。笑うしかねーよ俺は、だって10だよ、10。たったの10じゃ、ケツだってろくに拭けないぜ!!」

と横のオッサンとゲラゲラ嘲笑してやんの。く、クソジジイ。でも、俺は貴様らのそんな挑発には絶対に負けんぞ!! と追加寄付を断固拒否。いやー、どうせ笑われるなら2ルピーコインで充分だったな(笑)。

■プージャ


プージャが終り、さて帰りのリキシャでも掴まえに行くべ、とMと二人で歩いていたら、ドルフィンレストランへ連れて行ってくれたオヤジとまたまた遭遇。

「あーどうも! 良かったでしょ、ドルフィンレストラン?」

とか言ってくるので、「うん、良かったよ、ドルフィン」とかテキトーにいなしてたら、

「私、信頼できることが分かったでしょ? で、明日どうする? ボート乗るでしょ? 大丈夫、私に任せて」

とか言い始めるドルフィンオヤジ。


私「で、ハウマッチ?」

ド「今日の帰りと明日の朝のリキシャ、そしてボート1時間で1300ルピーです」

私が反応するよりも早く、Mが、

「1300!? ナイナイナイナイ!! 高すぎるだろ!! ナイナイナイナイナイ、絶対にナイ!!

ちゃんと相場調べてないけど、往復リキシャで160ルピー、ボートで一人150ルピーくらいなのでは。それを1300ときやがりましたよ。ドルフィンを無視して二人で歩き始めたら、

「オーケーオーケー、ちょっと聞いてください。お願い。説明に足りないところあります。大丈夫、私信頼できる人でしょ?」

と食い下がるドルフィン。いつの間にか、ドルフィンの一味と思われる兄ちゃんも加わっており、

ド「さっきのは二人だけの舟をチャーターする場合です。相乗りならもっと安くなる」

一味「そうそう。相乗り安い。相乗りでいいの?」

M「ハウマッチ?」

ド「相乗りなら700です」

M「ざーーーーーーーーーーーーーーーーーけんなよ!!」


Mの怒鳴り声と険しい表情にひるむドルフィン一味と(笑)。

ド「分かりました、じゃ、いくらだったらあなた払う?」

M「300!」

今度はドルフィン達が「ざーーーけんなよ!」みたいになって、こいつらはねーな、とヒき始め。ま、ヒくならヒくで私達は一向に構いませんがね、とMと二人で歩き始め。でも、3分くらいしたらドルフィンが戻って来て、

ド「分かりました、相乗りで300でいいです」

M「今日のリキシャと明日のリキシャ、ボート1アウアで300?」

ド「そうです。300でいいです。でもボートは相乗りよ」

一味「相乗りにする? 相乗り安いよ」



てか、一味の男、言うの「相乗り」ばっかやんけ(笑)

というわけで、300で交渉成立。じゃ、帰るべ〜とリキシャを見たら、なんとオートリキシャじゃなくてサイクルリキシャ。うええええー、サイクルう? ホテルまで6kmくらいあるんだから、間違いなく30分仕事やで。でも、ドルフィンは、「オートだとここまで入って来れないから、サイクルで行くしかないんだ」とかなんとか。ホンマかいな、と思いつつも、ま、一度くらいサイクルリキシャに乗ってみてもいいか、と乗車。

■サイクルリキシャ上からの風景



このサイクルリキシャのオヤジは英語が出来て、チャリンコこぎながら私達に終始愚痴り通し(爆)

「俺は44歳でよ〜、子供が4人いて、1日も休みなく働いているんだ。そうさ、サイクルリキシャ乗りは、プーア・プーア・プーア・プーア。俺だけじゃない、みんなプーアなんだ。朝から晩までこいで、それでもずっとプーアだ。昨日もプーア、今日もプーア、明日もプーアだ。俺もおまえらみたいなホテルに泊ってみたい。でも、そんなチャンスがいったいどこにある? ノーチャンスだ。44年間、俺はずーっとノーチャンスなんだ。見えるだろ、俺のやせ細った脚が。おいミスター、聞いてるのか? 俺の子供は何人だ?

みたいなことを延々と語り通し。自分の不遇を立ち飲み屋でクドクドと嘆きながら飲んでる、仕事のできないサラリーマンオヤジと一緒やんけ(爆)。

35分くらいかかってホテルに到着。オッサン、汗だく。

愚痴「100ルピーだ」

M「いや、違う違う。明日の朝も迎えに来てくれ。で、明日ガンガーで降りた時に200払う」

愚痴「オイ分かっているのか? 俺には子供が4人いるんだ。めちゃくちゃ貧乏なわけ。だから、100ルピー、今すぐ払ってくれ!」

M「だーかーらー。今払ったら、おめー、明日ぜってー来ねーだろ。つまろーもーにんぐ、あいるぺいゆーつーはんどれっど。OK?」

私「あんたのボスが明日の朝にあんたへ200払えば良いと言ったんだ。文句があるならボスに言え!」

愚「明日、ほんとに200払ってくれるんだろうな? 俺は4人の子供が居るんだ。ノーホリデイ、エブリデイワーキング、そしてフォーチルドレン!!

愚痴りオッサン、半分泣きが入ってたけど、ここで払うと明朝絶対来ないしな、ここで払うわけにはいきますまい、と1ルピーも払わずにMとホテルへ。

それにしても、今回、ホテルだけはええ所をおさえたんですが、ええ所過ぎて、逆に私達が浮き気味。欧米人の客はみんなタクシーで帰ってくるのに、リキシャで帰ってくる客なんて私達くらい(笑)。門番のおっちゃんらに、

「あーあ、こいつらサイクルリキシャで帰ってきちゃったよ。嘘でしょー? どんだけリトルマネーなの」

などと思われていたりして(爆)。


3日目へ続く。

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